福知山城 完全ガイド|明智光秀が築き、市民8500人が再建した天守(料金・開館時間・アクセス・2026年の40周年特別展)

福知山城(京都府福知山市字内記5)は、明智光秀が天正7年(1579年)に丹波を平定したのち築いた城で、入館料は大人360円・こども110円、開館時間は午前9時〜午後5時(最終入館は午後4時30分)です。 JR・京都丹後鉄道の福知山駅から徒歩約15分。いま建っている天守は、明治の廃城令で失われたあと、市民が一口3000円を出し合う「瓦一枚運動」で1986年に再建されたものです。このページは福知山城公式サイト(運営:福知山市)を2026年9月18日に確認して作成しました。掲載の料金・開館時間・休館日は2026年9月18日時点の公式発表で、公式が公表している数字だけを載せています。
早わかり
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 入館料 | おとな360円/こども110円(30人以上の団体は320円/90円) |
| 3館共通券 | おとな900円/こども400円(天守閣+佐藤太清記念美術館+福知山鉄道館フクレル) |
| 開館時間 | 9:00〜17:00(最終入館16:30) |
| 休館日 | 12月28日〜31日、1月4日〜6日、ほか臨時休館あり |
| 福知山城公園 | いつでも入園可・無料。夜間ライトアップは日没〜22時 |
| アクセス | JR・京都丹後鉄道 福知山駅から徒歩約15分 |
| 駐車場 | 無料・約70台(ゆらのガーデン駐車場)。バス5台は要予約 |
2026年度は再建40周年のため、通常は休館日の毎週火曜日も開館しています。 ただし臨時休館は別にあり、2026年は9月24日(木)・25日(金)が休館と公式に告知されています。入館料は2026年4月1日におとな320円から360円へ改定されました(こども料金と3館共通券は据え置き)。
いま行くべき理由 — 再建40周年の特別展(2026年11月30日まで)
2026年は天守閣の再建から40年にあたり、福知山城は一年を通して記念の特別展を開いています。2026年8月1日から11月30日までの第2弾が「市民の力 〜瓦一枚運動と天守閣再建〜」で、会場は天守閣の中です。
展示されるのは、再建を望む声が上がってから世界情勢の影響で計画が見直された経緯がわかる資料、瓦一枚運動で使われた瓦と同じ型のもの、寄附者の名前を瓦に書き入れている当時の写真、そして1973年の基本設計図から1986年11月9日の竣工式までをたどる設計図・写真・新聞の原紙です。第3弾「再建着工から完成へ(仮)」は冬ごろの予定と公式が告知しています。
つまりいまの福知山城は「城を見る」だけでなく「城を建て直した人たちを見る」場所になっています。これは40周年の年にしか見られません。
明智光秀が築いた城
福知山城は、由良川に突き出す丘陵の上に建っています。この丘では弥生時代の土器も出土しており、古くから使われてきた場所でした。
織田信長から丹波攻略を命じられたのは天正3年(1575年)のこと。光秀は丹波の国人衆の多くを味方につけますが、天正4年(1576年)1月に波多野秀治が離反して敗走します。その後、半年以上に及ぶ八上城の攻囲戦を経て天正7年(1579年)6月にこれを落とし、続いて鬼ヶ城・黒井城を落として丹波を平定しました。信長からは「その名誉は天下に比類なし」と評されたと伝わります。
光秀はこの地に城と城下町を築き、明智の「智」の字を取って「福智山」と名付けたと伝えられます。 初代城主となり、城代には娘婿の明智秀満(左馬助)を置きました。短い統治期間のなかで地子銭の免除や治水工事といった善政を行ったと伝えられ、福知山では今も「名君」として親しまれています。
光秀本人については、生年が享禄元年(1528年)とも永正13年(1516年)ともいわれ、生誕地も美濃国可児郡とも恵那郡とも伝わり、いずれも確定していません。歴史の表舞台に現れるのは永禄12年(1569年)ごろ、信長に仕えはじめて以降です。
天守閣1階では、光秀に関する資料を展示しています。目玉は御霊神社が所蔵する「明智光秀家中軍法」。家中の武者・足軽の戦闘方法や、知行高に応じた賦課の基準を定めた軍法で、現存する織田家家臣団唯一の軍法とされます。定められたのは天正9年(1581年)6月2日 — 本能寺の変のちょうど1年前の日付です。あわせて「光秀シアター」で、山崎の戦いを基にした16分の映像と、丹波攻略を描いた5分の映像を上映しています。
2階は歴代城主の展示です。福知山藩主を13代・約200年にわたって務めた朽木家の文書などが並びます。4階は望楼(展望室)で、北側の城下町を見渡せます。
石垣・井戸・番所 — 建物より古いもの
天守閣は1986年の再建ですが、石垣は光秀の時代のものが残っています。
- 石垣 — 天守台から本丸にかけては、自然石をそのまま積み上げた「野面積み」。400年以上の歳月を耐えてきました。特徴は転用石で、五輪塔や宝篋印塔といった石造物が石垣の材料として使われています。城郭考古学者の千田嘉博さんは公式サイトで、光秀が合理的な精神をもった武将だったことを物語るとし、天正時代の石垣が良好な状態で現存するのはここだけで学術的価値がとても高い、と述べています。
- 石落とし — 石垣を登る敵を真上から攻撃する仕掛け。通常は1階の屋根下の壁にありますが、福知山城は2階に仕込んでいます。一見すると無いように見えるため、近づいてから撃たれる。千田さんはこれを「知的な城」と評しています。
- 豊磐の井(とよいわのい) — 天守閣の東側にある井戸。直径2.5m・深さ50mで、本丸の井戸としては日本有数の深さです。岩盤を地下の水脈まで掘り下げており、今も清らかな水をたたえています。
- 銅門番所(あかがねもんばんしょ) — もとは二ノ丸の登城口にあった建物。大正年間に天守台へ移築され、天守閣の再建にともなって再び本丸跡に移されました。廃城を生き延びた数少ない建物です。
公式サイトは福知山城の特徴として、光秀が築いた城で現在唯一天守閣があること、北近畿で唯一天守閣があること、京都府内で唯一登れる天守閣であること、そして全国初の再生可能エネルギー100%の城(夜間ライトアップを含む)であることを挙げています。
市民8500人が建て直した天守
明治6年(1873年)の廃城令で天守は取り壊され、建物は払い下げられました。堀や池は、二ノ丸を削った土で埋められます。残ったのは天守の石垣と銅門番所だけでした。
転機は昭和43年(1968年)。かつての福知山城主・松平忠房が寛文9年(1669年)に国替えとなった先である長崎県島原市で、江戸期の福知山城を描いた絵図が見つかったのです。これで再建の機運が高まりました。昭和48年(1973年)に基本設計図が描かれ、地質調査にも着手しましたが、オイルショックで計画は中断します。
そこで立ち上がったのが、福知山商工会議所の会頭だった西田政吉さんでした。昭和59年(1984年)に「再建期成会」を結成し、天守閣の瓦1枚にあたる3000円の寄附を募る「瓦一枚運動」を始めます。寄附者の名前を記した瓦を屋根に葺くことで、市民全員に城主の気分を味わってもらう — それが狙いでした。
結果、約8500もの個人・団体から5億円を超える資金が集まりました。総建設費は約8億1000万円で、その6割以上にあたる約5億1000万円が市民の寄附です。天守閣は1986年(昭和61年)11月9日に竣工しました。
瓦の裏に名前を書いたのは、地元の書家4人です。寄附者の名前や住所を記した短冊を見ながら、毎週末、1年がかりで約8500枚に墨で書き入れました。作業場は石垣だけが残る広場に張ったテント。冬はテントの周囲に紅白の幕を張って寒さをしのいだといいます。波打った形の瓦に書くのは予想外に難しく、読みやすさと速さを優先して行書に近い楷書が選ばれました。瓦は奈良で作られた、いぶし銀の特別なものでした。
その約8500の名前は、いま屋根の上にあります。
城下町に残る光秀
城のほかにも、市内には光秀ゆかりの場所が残っています。
- 御霊神社(福知山市中ノ238)— 光秀を祭神として祀る神社。前述の「家中軍法」ほか、光秀の書状2通を社宝として伝えています。江戸時代中期の初めごろ、福知山の町の人びとが光秀を神として祀り、自分たちの町をつくった存在として敬うようになりました。神社は火除地としてつくられた「広小路」に勧請され、南北軸の福知山城と東西軸の御霊神社という、光秀にまつわる2つのランドマークが今の福知山の中心になっています。
- 蛇ヶ端御藪(じゃがはなおんやぶ・通称 明智藪)— 水害に悩まされた城下町を守るため光秀が築いたと伝わる藪。かつては長さおよそ500m、幅10〜30mに及びましたが、現在は北端が残るのみで、野鳥の営巣地としても知られます。なお公式サイトは、この治水伝承が昭和以降に生まれたものであることにも触れています。天守閣4階の望楼からは、城下町の右手にこの藪が見えます。
食べるなら — 肉とスイーツのまち
福知山はかつて西日本三大家畜市場の一つを持ち、食肉流通を支えていました。その名残で、人口10万人あたりの焼肉店数は22.86軒。毎年10月には市内外の肉グルメを集めた「MEET×MEATフェスティバル」が開かれます。丹波地方の実り豊かな土地柄から、同じく毎年10月には「スイーツフェスティバル」も開催されます。
行き方と、行く前に
- 電車 — JR・京都丹後鉄道「福知山駅」から徒歩約15分(バスもあり)。京都からJR山陰本線の特急で約1時間15分、大阪からJR福知山線の特急で約1時間30分。
- 車 — 舞鶴若狭自動車道の福知山ICから国道9号を約3km。京都縦貫道からは京丹波みずほICが最寄りです。
- 駐車場 — 無料。車は約70台(ゆらのガーデン駐車場)、バスは5台(要予約)。団体・バスで行く場合は事前に申請が必要です(電話・FAX 0773-23-9564)。
- 御城印・スタンプ — 受付で御城印300円を販売。「続日本100名城」スタンプラリーのスタンプも設置されています。天守閣が休館の日はスタンプが押せませんが、JR福知山駅北口の福知山観光案内所でも押印できます。
- 観光案内所 — 福知山観光案内所(福知山観光協会・〒620-0045 福知山市駅前町439、JR福知山駅北口すぐ、電話 0773-22-2228)。レンタサイクル、荷物の一時預かり、モバイルバッテリーの貸し出しにも対応。営業時間は9:00〜18:00ですが、2026年10月1日から9:00〜17:00に変わります。
- ガイド — 観光案内所で申し込めます。福知山城は2000円(税込)から、市内観光は2時間まで3000円(税込)、以降1時間ごとに1000円(税込)。
近くで、あわせて
同じ京都府北部なら、旧海軍の港町・舞鶴の舞鶴赤れんがパークと引揚記念館が福知山から足を伸ばせる距離にあります。京都府全体の年間行事を見渡すなら京都のイベント・旅行者ガイドを、天守が現存する城と見比べるなら姫路城の桜 2027もどうぞ。
よくある質問
福知山城の入館料はいくらですか? おとな360円、こども110円です(消費税込み)。30人以上の団体はおとな320円・こども90円。福知山城天守閣・佐藤太清記念美術館・福知山鉄道館フクレルの3館共通券は、おとな900円・こども400円(団体860円・380円)です。障害者手帳をお持ちの方と介助の方1名は半額で、障害者手帳アプリ「ミライロID」に対応しています。
福知山城の開館時間と休館日は? 開館は午前9時〜午後5時、最終入館は午後4時30分です。休館日は12月28日〜31日と1月4日〜6日で、そのほか臨時休館があります。2026年度は再建40周年を記念して、通常は休館日の毎週火曜日も開館しています。2026年は9月24日(木)・25日(金)が臨時休館と告知されています。
福知山城は誰が建てたのですか? 明智光秀です。織田信長の命で丹波を攻略した光秀が、天正7年(1579年)に丹波を平定したのち、この地に城と城下町を築きました。城代には娘婿の明智秀満を置いています。ただし現在の天守閣は、明治6年の廃城令で失われたあと、1986年に市民の寄附によって再建されたものです。
「瓦一枚運動」とは何ですか? 天守閣の瓦1枚にあたる3000円の寄附を市民から募った運動です。昭和58年(1983年)から4年間にわたって行われ、約8500の個人・団体から5億円を超える資金が集まりました。総建設費約8億1000万円の6割以上にあたります。寄附者の名前は地元の書家4人が瓦の裏に墨で書き入れ、今も屋根に残っています。
福知山駅から福知山城までどう行きますか? JR・京都丹後鉄道の福知山駅から徒歩約15分です。バスもあります。京都からは山陰本線の特急で福知山駅まで約1時間15分、大阪からは福知山線の特急で約1時間30分。車の場合は舞鶴若狭自動車道の福知山ICから国道9号を約3kmで、約70台分の無料駐車場(ゆらのガーデン駐車場)があります。
福知山城の見どころは何ですか? 天守閣1階の「明智光秀家中軍法」(御霊神社所蔵・現存する織田家家臣団唯一の軍法、天正9年6月2日付)、4階の望楼からの城下町の眺め、そして建物より古い石垣です。石垣は野面積みで、五輪塔や宝篋印塔が転用石として使われています。天守閣東側の豊磐の井は直径2.5m・深さ50mで、本丸の井戸としては日本有数の深さです。2026年11月30日までは再建40周年の特別展も開催中です。
確認日と出典
このページは 2026年9月18日に、福知山城 公式サイト(運営:福知山市)の入城・アクセス、天守閣の展示内容、〈STORY 2〉昭和 -再建-、〈GUIDE〉城&城下町、および再建40周年記念特別展のお知らせ、福知山観光協会を確認して作成しました。いずれも2026年9月18日時点の内容です。料金・開館時間・臨時休館・催しの会期は変わることがあります。訪問前に公式サイトで確認してください。
更新履歴:2026-09-18 公式サイトの入館料改定(2026年4月1日実施)、2026年度の火曜開館、再建40周年特別展 第2弾(〜2026年11月30日)、観光案内所の営業時間変更(2026年10月1日〜)を反映して公開。
よくある質問
- 福知山城の入館料はいくらですか?
- おとな360円、こども110円です(消費税込み)。30人以上の団体はおとな320円・こども90円。福知山城天守閣・佐藤太清記念美術館・福知山鉄道館フクレルの3館共通券は、おとな900円・こども400円(団体860円・380円)です。障害者手帳をお持ちの方と介助の方1名は半額で、障害者手帳アプリ「ミライロID」に対応しています。
- 福知山城の開館時間と休館日は?
- 開館は午前9時〜午後5時、最終入館は午後4時30分です。休館日は12月28日〜31日と1月4日〜6日で、そのほか臨時休館があります。2026年度は再建40周年を記念して、通常は休館日の毎週火曜日も開館しています。2026年は9月24日(木)・25日(金)が臨時休館と告知されています。
- 福知山城は誰が建てたのですか?
- 明智光秀です。織田信長の命で丹波を攻略した光秀が、天正7年(1579年)に丹波を平定したのち、この地に城と城下町を築きました。城代には娘婿の明智秀満を置いています。ただし現在の天守閣は、明治6年の廃城令で失われたあと、1986年に市民の寄附によって再建されたものです。
- 「瓦一枚運動」とは何ですか?
- 天守閣の瓦1枚にあたる3000円の寄附を市民から募った運動です。昭和58年(1983年)から4年間にわたって行われ、約8500の個人・団体から5億円を超える資金が集まりました。総建設費約8億1000万円の6割以上にあたります。寄附者の名前は地元の書家4人が瓦の裏に墨で書き入れ、今も屋根に残っています。
- 福知山駅から福知山城までどう行きますか?
- JR・京都丹後鉄道の福知山駅から徒歩約15分です。バスもあります。京都からは山陰本線の特急で福知山駅まで約1時間15分、大阪からは福知山線の特急で約1時間30分。車の場合は舞鶴若狭自動車道の福知山ICから国道9号を約3kmで、約70台分の無料駐車場(ゆらのガーデン駐車場)があります。